介護

在宅介護におけるストレスを解消する方法から、改めて気付いた本当のストレスとは?

こんにちは、ホクぼです(^^)/

今回は、前回の記事のテーマである「ストレスを解消する方法」を考える中で気付いたこと、本当のストレスとは何だ?という部分についてお話していこうと思います。

では、最後までお付き合いください。

ちなみに、前回の記事はこちら↓
在宅介護におけるストレスを解消する方法。自分の必勝法は実戦して探し当てた? – 今日も地団駄、踏んでます!! (kyo-mo-jidanda.com)

 

在宅介護におけるストレスを解消する方法から、改めて気付いた本当のストレスとは?

在宅介護には制限がある

まだ介護もしていない、バリバリ働いている時なんかは友達と旅行に行ったり、美味しいものを食べに行ったり、ショッピングしたりね。ストレスを解消する為に自ら行動する気力もふんだんにありました。(それにしてもバリバリて。笑)

もちろん収入時間もありますから、それは自由にね。

ただ、介護をするようになってから、1番考えるのはお金です。働けない分収入もなくなりますし、貯金があっても使ってばかりいたら、そりゃ減る一方。

正直言うと介護を始めた頃は、こんなに長く続けるなんて考えてもいなかったですし、在宅介護認知症という病気についてもこんなに大変だと思っていませんでした。だからこそ、私が介護すると簡単に引き受けられたんだと思います。

私だって働きたいし遊びたいし、なんでやらなくちゃいけないのか。

それでも家族ですからね、見捨てることなんてできるはずありません。

やると決めた以上、介護はするんです。ですが、ストレス問題はこれまた別物。

自由に生きていた頃には、ストレス解消方法も選べていましたが、介護は違います。先程も言いましたが、収入も時間も制限がある

今まで感じなかった介護によるストレスは増えるのに、ストレス解消するお金や時間は減ってしまう

そりゃ、しんどいのも無理ないですよ。根本的な原因というのはここなんじゃないかなと私は思います。

だけれど、その中でも見つけなくちゃいけないんです。介護してたって、自由に生きてたってストレス解消はしなければならないから

私は様々な方法を自ら試してみた後、改めて考えたんです。1番のストレスって何だろうと。

在宅介護をするようになって時間が奪われるのはもちろん、小さな問題からちょっと手に負えないようなトラブルまで、日々ストレスはついてきます。こういうストレス達を解消できない問題こそが新たなストレスを生むんです

ストレスは増え続け、いつか心が壊れてしまうかもしれない

私はそうなる前に自分を守る、これが絶対的に大切だと感じています。

何より、私が倒れたり動けなくなると、家は回らなくなります。結局困るのは自分なんです。それに自己嫌悪に陥って、自分を責めたりね。とてもいい結果につながるとは思えません。

それが分かるからこそ、日々のストレス解消というのはとっても大事なんだと、私は常に意識してます。

在宅介護には制限がある

お金にも時間にも制限があるんです。その中でストレスとの付き合い方を見出さなければならない。自分を守るためでもあり、家族を守るためでもあるということです。

余裕のなさは結局お金?!

私が介護をしていて行き詰ったことは、働けないこともありますが、収入がないのに出費は毎月あるということです。

固定費と言えば、携帯代保険、他にもかかるお金はいくつもあります。それに加えて遊びの約束なんかもあったりしたら、当たり前ですが食事に行くだけでもお金はかかりますよね。

そうなると、約束するのすらためらいますし、いつも遊ぶ内容によって行くか行かないか決めたりね、失礼なことをしてました。

現実問題として仕方のないことではありますが、そんな自分が惨めでね、そう思う自分も嫌で。何もかもあー嫌だと気持ちもネガティブになりがちでした。

そんな中でも受け入れなくちゃ、周りと比べても仕方ない。そんなのは分かっていました。

ただ、私の気持ちの葛藤としてあったのは、家族です。赤の他人なら目をそむくこともできますが、父や妹達の行動は見たくなくても目に入りますから、そりゃ文句の1つや2つ、3つ4つ?笑

例えば、それぞれ遊びに行くって時も、

「遊びに行けていいよね」

何か買い物をしてきたら、

「そんな高いの買えていいね」

言わずにはいられなかった。

その時の私の本音と言えば、

「遊びも自由にお金も使えない。なんで私だけこんなに大変なの…」

だから言葉にしないと自分自身苦しかったし、嫌味だとしてもそう思っていると伝えたかった。結局後からなんであんな風にしか言えなかったんだろうと後悔するんだけどね。笑

言われた本人たちも、気を使うと腫れ物に触るみたいだし、私も気を使われるのは嫌だったからそれはありがたかったんだけど、それでも嫉妬があふれて嫌味も言いたくなるし、この矛盾も自分の中では葛藤してました。

言われる本人達もそんな風に言われちゃ何もできないし、気を遣えばまた文句言うだろうと、私の存在自体どこつついても刺々しいモンスターだっただろうな。

あの頃は本当に余裕がなかった。申し訳なかったなと思ってる。特に妹②には当たりが強かったと思う。(中々登場しないと言ってたから、登場。笑)

私は長女なのでやはり妹達には昔から姉風を吹かせて、やりたい放題やっていたんです。働き出してお金を持つようになると、「おごってあげるわ」と、上から目線で1番おごられたくない感じで、ついて来いと3人を従わせてたりね。笑

自分のお金ならまだしも、この間妹達と話していて自分の行動にドン引きしたんですよ。

4姉妹で回転寿司を食べに行った時、お金は父から支給されていて妹①が持っていた。だから会計時に妹①が払えばいいものを、

「お金貸して、私が払うから。姉ちゃんが払わんといかん。」

と言い放ったらしいんですよ。ここでも姉が払っているということを、見ず知らずの赤の他人、回転寿司のレジの店員さんに姉風吹かせてまっせと示すというね。笑

そもそも、誰が払うかなんてどうだっていいじゃないですか。店員さんが、「この人姉風吹かせてるなー」なんて感じるわけもないですし、もし感じたとて、それが何?って感じ。笑

それに妹①って私よりもしっかりしているので、どちらかというと長女感は妹①の方が強いんです。しかも、私はこの一連の出来事を、1㎜も覚えてないんだから、あきれる。笑

姉なのにおごられているというその状況自体、私の中では許せなかった

なんだろうね、姉ちゃんとしての威厳というのかな、妹達はなんとも思っていませんよ、なんですけど、私の中でいつまでも上から目線で物事を言いたかったのかな?とっても迷惑な話なんですが、姉としてこう思われたいという意識がちょっとばかり強かったのかな?(ちょっとどころではないし、めんどくさい奴すぎる。笑)

もちろん、今では全くそんなこと思わないですし、妹達はたまにおごってくれますから、「ごちそうさまです」とニヤニヤしながら言えますし、おごってくれない時は「ちぇーーー」と文句も言えます。(いちいち古い。笑)

ちょっと話がずれましたが、姉だから気にしていない風に文句言って気持ちをはぐらかすけど、本当は私も遊びに行きたいし、自由な家族がうらやましかった。それを言えばいいのにさ、皮肉しか言えない、強がり姉ちゃんだったんですよ。

働けないからお金がない、姉風も吹かせられないとなると、余裕はなくなるもんなんです。(姉風は私だけ。笑)
ということは、

お金があれば余裕は生まれて、ストレスを生みにくくすることにもつながる。

これに気付くまで、幾度となく嫌味節を炸裂していたんだから、気付けて良かったなと心の底から家族は安堵していることでしょう。笑

私は給料制

普段、在宅介護をされている方、その中でも1人でやりくりされている方、主婦の方、片親で家事を無給でやっている方、それぞれいると思います。

そんな方々からしたら、贅沢だと思われるかもしれませんが、私は父から少ない金額ではありますがお金をもらうことにしました。(金額は3万円。)仕事ができない分、在宅介護と家事全般をやっているからという名目で受け取っています。

もらっておいていうのもなんですが、本当に少ないです。正直これだけでは何もできません。ですが、もらえているのに贅沢だとも思います。

先程のお金があれば余裕は生まれて、ストレスを生みにくくすることにもつながる。

これに気付いたからこそのシステムですが、そこにたどり着くまでに私の心も乱れまくったので、少しお話しますね。

始めは介護や家事をしてお金をもらおうなんて言うのは全く考えていませんでした。そもそも、家に家賃食費を入れず、3食きっちり食べられているわけですから、家事全般やるのなんて当たり前だと思っていましたし、今でもそれは思っています。

通って介護をしていた頃、実家に帰って祖父母の介護が大変だと話すと、

「家ではゆっくりすればええ、子供やないんやから自分たちでできるから。」

と父が言ったんです。妹達もうんうん頷き、ありがたいなと感じました。

通っていた時は移動も大変でしたが、祖父母が気にするのでずっと元気でいなければならない、心配かけてはいけないとかなり気を使ってました。とにかく詰め込んで病院やらなんやらとやっていたんで、実家に帰るとどっと疲れがでるし、1週間休んでまた介護に戻らなければという時も何度もあったので、帰った際はしばらく休まないと疲れがとれませんでした。

ある時実家にて、私が帰ると分かっているのに、父も妹②も遊びに行くと。私がいない時に遊びに行くのはもういいですよ、どうせ私には分からないんだから。だけど、よりによって私が帰ってくる週に遊びに行くってどういうこと?そんなに急用?

そこで思い出すんですよ、

「家ではゆっくりすればええ」と言った父親のかまへん任せろ感強めな顔

妹達のうんうん頷くあの謙遜してるようで実際はそうでもない顔

その日には言いませんでしたが、些細なことからはじまり私の怒りボルテージが頂点に達した際、次から次へと出るわ出るわ、不満の嵐です。笑

「家ではゆっくりすればええ」ってどの口が言ってるんですか?

私はゆっくりするどころか家事やってますやん。

君たちは自由に遊ぶお金も時間もあって、私は何?無給で家事も介護もしてますよ?

もちろん自分で決めたことだけど、なんで1人で抱えないといけないの?

大変なの気付いてなかった?結構しんどいよ、私。

余裕なんて一切ありませんよ。

出ていくお金が毎月あるのに余裕ある方がおかしいでしょ?

みなさん、そこの所どう思ってんの?

ぶちまけてやりましたよ。もちろん、私がやるから当たり前になっていた部分はあります。ただ、疎外感が半端なくてね、私1人頑張ってる感じがして、もう少し家族に歩み寄って欲しかった

ただそう思う時点で、自分もやれていなかったということでもあります。(鏡の法則です。)

自分も言葉にしていなかったから、私がどう思っていたか家族は分からなっただろうし、私っていうのはやっぱり姉ちゃんだから、無理しちゃうのよね。(長女の性ってやつ?笑)
それに、何と言っても分かりにくいんだ、私の性格。笑

この時ですら姉としてやるべきなんだと自分に言い聞かせていましたが、それもやる気の糸がプッツンと切れてしまいました。

何事もそうだと思うけど、反応がないと全くもってモチベーションになりません。家事や介護をなぜ私だけやっているんだと、収入にもなんにもならないのにって、これが永遠とループしてしまうわけです。それでみんなは好き勝手やっていたりすると余計にね。

これは姉ちゃん大変だということで家族会議をして、どうしていくのが1番いいかを話し合いました。「給料制」これは私が強引に言い出したことではありますが、みんなが納得してくれたので、それから導入していくことになったのです。(やらざる負えない状況ではあったと思うけど。笑)

結果的に固定費の支払いの心配もなくなったので、少し気持ちに余裕もでたなと思います。

いくら頑張ろうと思っていても、気持ちだけでは頑張り切れません。さらに家族の協力は不可欠。気持ちの共有が本当に大切なのです。

みんなが自由で羨ましかったけど、給料制を導入したことによって対等になれた気がします。少なくとも無給の時の私より心穏やかになれたと思う。

各家庭によってやり方は様々ですし、給料制なんてぬるいと思うかもしれませんが、そうでもしないと私はみんなのことを憎んで憎んで羨んで、毎日イライラ当たり散らして家族関係も崩壊していたと思います。

自分で決めたことっていうのがどこかで引っかかっていましたが、ここまでくるとそんなの言ってられませんし、とにかく覚悟が足らなかった。

もしできるのであれば、在宅介護で働けない分、家族のフォロー(私で言うとお金。)があると、余裕は生まれると思います。それは日々のストレスの原因すら取り除いてくれる、ストレスを生みにくくすることができるのではないかと感じています。

余裕の先には

給料制にして余裕が出ると言いましたが、私の場合はお金をもらっているということで在宅介護家事仕事として頑張ろうと思えたところがよかったのかなと思います。無給でやっていた時は、なんでここまで私がやらなくちゃいけないんだという気持ちがどうしても出てしまっていたから。

仕事と思えばやる意味も間違いなく明確になります。そのモチベーションがあるからこそ、頑張れるのです。

根底には私が仕事をやりたいのにやれないと思いながら取り組んでいたから、姉として頑張ろうと思っていても、気持ちを強く持って頑張り続けることができなかったんだと思います。これも仕事の内と言い聞かせれば、私も働いていることになりますからね。

ただ、これを無給で頑張っている方も大勢いるということ。これがいいかどうかというのは、正直今でも自問自答しています。ですが、間違いなく気持ちの余裕は感じているし、今までのストレスというのを全部ひっくるめても、お金からきていたのではないかと思うんです。

毎月の出費に不安を感じ

まともにストレスを解消できず

周りを羨んでまたストレスを溜める

かなり悪循環でした。月に3万円もらえるだけでこんなに余裕ができるなら、私は家族間だとしても給料制はあった方がいいのではないかと思います。

ただ、給料制でなくともこれがあれば頑張れるものはあります。

「感謝する気持ち」

私の勝手な思い込みですが、親っていうのは子供に何されても無償の愛っていうか、許せるじゃないですかきっと。(認知症とかになるとまた別になってくる場合もあるよな。)

私は親でもないですし、ましてや在宅介護している相手は祖父母です。血のつながりこそありますが、それにしたって毎日の暴言、頑固な性格、どうにもこうにもストレスの塊なので、できることなら在宅介護なんかしたくありません。

冷たい言い方になりますが、無償の愛でどうにかなる関係ではないと思っていました。

ですが昔を思い返すと、母が亡くなってから私たちの面倒を見てくれていたのは祖父母の無償の愛だったんだなと感じるわけです。

今は何もかも分からない認知症のじいちゃんですら何かすれば「ありがとうな」と感謝の気持ちを伝えてくれる。私はその言葉で何度も頑張ろうと思えました。

どんなにムカついて逃げ出したくなっても、小さい頃祖父母がしてくれたことっていうのはずっと感謝しています。だから、やれることはやってあげたいと思えるんだろうなと。それも1つの無償の愛なのかな?笑

それでも今日はダメって時はいくつもあるんですけどね。笑

ただ思うのは、感謝する気持ちを少しでも感じ取ることができれば、どんな状況であっても頑張れるのかもしれません。それが無償の愛であろうが、そうじゃなかろうが。相手を思う気持ちです。

それを1番手っ取り早く感じられるのは言葉にして伝えるということじゃないかな。

在宅介護だけではなく家族間でもそうですし、職場でもそうですよね。なのでなるべく言葉にして伝えていこうと思います。そうすれば自分にも返ってくる、これは本当にそう思います。

給料をもらっている私がいうとあまり説得力はありませんが、それでも感謝する気持ちがあるかないかで、日々の気持ちの余裕は違うのではないかと思います。

誰に対しても持つことができますからね、家族やデイサービスのスタッフさん、ケアマネージャーさんや配達員さん、ある時は天気にすら感謝することもできます。(私は雨女。笑)

何気ないことでさえ気持ちがあれば伝わると思います。「感謝する気持ち」これは大切ですね。自分の行動がもしかしたら、余裕につながっているのかもしれません。

おわりに

本当のストレスといっても、やっぱり人それぞれ違うものだし、在宅介護だって家庭によって様々だから、一概にこれって言えるものではないかもしれません。

働けなくてお金に余裕がなくなるのは当たり前だし、頑張っているのにストレスが減ること不安が減ることもない。

環境にもよりますが、お金で解決できるのであればそれも1つだと思います。こう思うことは決して悪いとは私は思いません。

先程言いましたが、私がつぶれてしまったら、困るのは自分なんです。それに、家族も困ることになるんです。いくら無理して頑張ったとしても結局困ることになるのであれば始めから話し合って、少しでも余裕をもてる環境づくりをしてもいいと思います。

もちろん、私も最初からそう思えたわけでもないですし、経験してみて感じたからこそ悩んで家族に相談したわけです。(きっかけは何であれね。笑)

もし、今思っていることが何かあれば、それを話すだけでも1つ余裕が生まれるかもしれません。

ストレスフリーとまではいかないけど、少しでも穏やかな時間がもてたらいいなと思ってます。

では、今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回をお楽しみに。

ホクぼでした~(^^)/

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